フラエッテ×ゲッコウガ
妖精族の少女×悪魔
1000年前、悪しき魔王を勇者が倒し、その勇者は神の恩寵によって不老不死となり「妖精王」と呼ばれるようになった。
500年前、妖精王はこの世の全てに失望しきって自らの王国を封印し、王国の民たちを荒野に投げ出した。
以来500年間、祖国を失った妖精たちは、いつか王に迎え入れられ祖国に帰る日を夢見て旅をし続けている。
コレーはそんな旅の一団の娘であった。
誰が親かもわからず外に一歩も出ることもなく、荷馬車の薄暗い幕と馬越しに見える遠い景色だけが彼女の世界。彼女の得られるものの殆ど。
そんな日々が虚しくなかったのも、先行きの見えぬ日々に嘆かなかったのも──一冊の奇妙な本のおかげである。
この本は言葉を話した。コレーが御者に聞こえない程度の小さな声で話しかければ返事をする。ただそれだけのことだったが、彼女にとってはそれでよかった。親に抱き上げられた記憶はないが、この本を抱いていればそんな孤独感は不思議と落ち着く。
コレーの小さく狭い世界はいつしか本の語る世界へと繋がっていく。この本の言葉を通してみる世界はなんと美しく優しいのだろう?
抱きしめてくれる人がいなくても、外に出ることを禁じられていても、食事が満足に取れなくても、湯浴みや排泄までも管理されていたとしても、この本さえここにあるならそれだけで生きていける──
本もまた「俺には足も手もないから、お前が運んでくれるならそれがいいんだ」と笑ってくれる。
本は彼女の良き友人であり、理解者であり、兄であり、父であり、そして恋人である。
ある日のこと。
コレーがいつものように本を抱えて眠っていると、突然御者の男がコレーを外に引き摺り出した。
そうして旅の仲間たちは「12歳になったからには」「妖精王に清き血を捧げねば」と言い、彼女に刃を向けはじめる。
なんてことはない、彼女が今日まで生かされていたのは、彼らが祖国へ帰るための生贄にするためであり、旅もまた生贄殺しの場所選びのため。
こうして殺されてきた他の少女たちもいたのだろうか。
こんな奴らのためにわたしはここで死ぬのか。
足をもつれさせ必死に逃げ、怪我をしながらも止まることもなく。狂ったように走り続け──疲れ果てしゃがみ込んだ時、コレーは習慣のようにあの本を持ち出していたことにようやく気づく。「わたし、まだ死にたくない。絶対に、あんな人たちに負けたくないから」コレーが本に小さくささやくと、彼女の頬に流れる血が本に触れる。
「いいぜ、助けてやるよ」
本は低い声で唸ると彼女の血を吸って、みるみるうちに形を変えた。
本に封印された古の始祖悪魔──その名をソーマという。
ソーマは彼女を追ってきたものたちを瞬く間に撃退し、彼女を“再び”苦しみから救い出してみせた。
これが二人の長きに渡る逃避行の始まりであり、いずれ玉座に座ることになる少女の人生の始まりである。